登場人物
- 井上筑後守政重(いのうえ まさしげ):幕府大目付。鋭い眼光を持つが、物腰は静か。
- 南部信濃守重直(なんぶ しげなお):盛岡藩主。津軽家とは先祖代々の確執がある。
- 津軽越中守信枚(つがる のぶひら):弘前藩主。一見、実直な田舎大名を装っているが、食えない男。
第一幕:密議
【江戸城・御用部屋】
津軽の領内では、あろうことか豊臣にゆかりある浪人どもを密かに集め、さらには不吉な切支丹(キリシタン)までも引き入れて、何やらよからぬ企てを進めているとの噂にございます。
……ほう。豊臣の残党のみならず、切支丹までもか。
それは聞き捨てなりませぬな。
あやつら、北の果てで幕府の目が届きにくい……
その時、廊下からバタバタと騒がしい足音と、茶坊主の慌てふためく声が近づいてくる。
ここは御用部屋にございます!
通せませぬ、通せませぬ!
迷うてしもうたんじゃ、誰か案内せい!
襖が乱暴に開き、津軽信枚が汗を拭き拭き入ってくる。
第二幕:迷い人の参上
おお、これは筑後守様!
お待たせ申した。
いやはや、当方は何ぶん北の田舎育ちゆえ。
このような御城はあまりに広うて、どこをどう歩いたものか、さっぱり分からなくなってしまいましてな。
恥を忍んで申せば、すっかり迷子(まよわし)になっておりましたわい。
がはは!
……津軽殿、ここは御公儀の詮議の場。
あまりに無作法であろう。
信枚は「恐縮にございます」と頭を下げながら、重直の隣にどっかと座る。その目は一瞬だけ、鋭く重直を射抜いた。
第三幕:吟味
……なんと!
謀反!?
滅相もございませぬ。
誰がそのような、たわけたことを申したので?
確かな筋からの知らせである。
確かに、西軍に与した者たちが数名、当家を頼って参りました。されど筑後守様、奴らはもともと、南部家へ仕官を願い出て、体良く断られた者たちにございますぞ。
なっ、何を……!
武士の情けとして、飢え死にさせるわけにも参りませぬ。
なればこそ、侍の身分は捨てさせ、百姓として土地を与え、泥にまみれて働かせておるのです。
あんな腰の曲がった百姓たちが謀反など、笑い話にもなりませぬわい。
して、切支丹の件はいかが説明される?
当方は、南蛮(なんばん)や伴天連(バテレン)などという言葉の通じぬ者らを引き受けるほど、物好きではございませぬ。
だいいち、我ら津軽の言葉は、江戸の方々でも聞き取るのが難儀なほど独特なものでござる。
切支丹とやらが何を喋ろうと、こちらの百姓にはさっぱり通じませぬし、向こうも我らの言葉が分からず、早々に退散するのが関の山でございますぞ。
南部殿。今の話、聞き捨てならぬな。
その浪人ども、まずは其方の元を訪ねたというのは、まことか?
……確かに、仕官を求めて参った者はおり申したが。
身元、怪しげな者ゆえ、追い払ったまで……。
当家では先代より、荒れ地を拓くための『堰(せき)』――いわゆる水路を築いておりまする。
人手はいくらあっても足りませぬ。
謀反を企てる暇(いとま)など、今の津軽にはございませぬわ。
第四幕:幕引き
善き励みである。
南部殿、津軽殿の言い分、理に適っているように思えるが?
…………。
当方の見誤りであったようです。
これにて、御免仕る。
重直は屈辱に顔を赤くし、足早に部屋を去っていく。
部屋には、政重と信枚の二人だけが残った。
……のう、津軽殿。
其方は迷ったと申したが、重直殿より先に登城していたことは承知しておるぞ。
……恐れ入りました。
何ぶん、田舎者は用心深く出来ておりましてな。
誰が何を吹き込むか分からぬ世の中(よのなか)にございますれば。
其方は、北狄(ほくてき)の押えとして、幕府も頼りにしておるのだ。
ゆめゆめ、今の言葉に偽りがあるなよ。
(信枚は深く頭を下げたまま、その口元に冷徹な勝利の笑みを浮かべていた。)






