第1部の終わりで切支丹の村が形成されるところで終わり、第2部では安定した村となっている。
そこに藩の役人が、検分に訪れる描写・・・
役人二人に検地に使う小者数名を引き連れて、岩木川を渡る。役人二人の設定は・・・
- 佐々木
- 民政担当。普段から切支丹との付き合いがある。
- 工 藤
- 作事方、今回は検地担当。一族で重臣を務める。切支丹は元より南部家旧臣とも付き合いが無い。
- 工 藤
- かの切支丹どもはいかなる法力を用いて、あの美田を作り出したのだ?
- 佐々木
- 何でも、御大切と申すものを大切に致せば、かように神の加護によって美田を賜ると、切支丹どもは申しておりました。
- 工 藤
- されば、その御大切はいかなるものか?
- 佐々木
- 切支丹どもの申すところによれば、アガパオと申すものらしく、これを一心に大切に致せば彼らの神が喜び、かような果報があると申しておりました。
- 工 藤
- してその、アガパオとは何だ?
- 佐々木
- はい、切支丹どももうまく説明が付かぬようでしたが、色々と話を聞けば・・・
『我が身の如く汝を大切にすると言う行い』を指すのだそうです。切支丹どもによれば、汝とは接する人であり、切支丹の神なのだそうです。 - 工 藤
- ほお、ただの人と神を同格に扱うとはまったく変わっておるな。
- 佐々木
- はぁ、かように拙者が調べにまいれば、誠に懇ろにもてなし、痛み入るほどでした。
- 工 藤
- それは、おまえが役人であるから丁重であったのではないか?
- 佐々木
- いえいえ、同じ村でも切支丹でもない者にも懇ろにでした。
- 工 藤
- 宗旨を異にしても同じ村人なら、仲が良いのかのう。
- 佐々木
- 拙者がもっとも驚きましたのは、名も知らぬ旅人にでも宿を貸し、食事を供することでした。
- 工 藤
- ほお、そんなことをして何になるのだ。そのような輩が恩を返すとでも言うのか。
- 佐々木
- はぁ、拙者もそのように問いただしたところ、人の恩を受くるためにやっているのでは無いと申しておりました。
- 工 藤
- では、何のために?
- 少し間を置いて躊躇うように佐々木はいった。
- 佐々木
- ・・・、切支丹の神のためだそうです。切支丹とは『神が喜ぶことを行い、その行いが自らの喜びとなるよう努める』ものであると、申しておりました。
- 工 藤
- それは随分と神とやらに忠義なことよのお。では、我らが殿には従わぬと申すのか?
- 佐々木
- ・・・、まことに申し上げにくいのですが・・・
この世のいかなる殿にも仕えぬと申しておりました。切支丹が仕えるのはデウスご一体のみであるとも、申しておりました。 - 工 藤
- そのデウスとは何者ぞ。
- 佐々木
- 切支丹の神にてありまする。
- 工 藤
- では、その神に付き従い我が殿には恭順せぬと言うのか。
- 佐々木
- いえいえ、我が殿のご意向がその神の喜ぶところに即しておれば、切支丹も喜んで従うと申しておりました。
- 工 藤
- おお、それでは、その神の喜ぶところとは一体何だ。それを我らが知れば、切支丹どもを操れるではないか。
- 佐々木
- いや、残念ながら、それは切支丹信徒でもなければ解せぬことで、我らがおいそれとわかるものではないらしいのです。
- 工 藤
- まぁ、いずれにしても益々監視を緩めるわけにはいかぬな。
おまえは切支丹が功力(くりき)をもって果報として美田を得ていると思うか。 - 佐々木
- いえいえ、行らしきものと言えば七日に一度の講くらいのことで、あとは情け深いところが目に付くらいのものです。
- 工 藤
- 情け深いだけで田畑を耕せるものか、わしにはわからんな。
佐々木はかつて友人を誤って死なせてしまった経験があった。悔やみきれない思いから仏門を志したが、長兄が夭折したため還俗して家督を継いでいた。
結局切支丹でなければ開墾地の田畑は維持できないと、藩では結論を出した。そのため、後からやってきた入植者と切支丹が同じ村に共存することになった。
切支丹は不平や不満を漏らさず一途に働いた。それは役人の監視の有無によらなかった。だが、新参の入植者は役人の目を盗んでは怠業していた。宗旨の異なる切支丹の近くにいるだけで気味が悪く不愉快なためであった。そのため、切支丹が耕した田畑をすべて耶蘇畑(やそはた)と呼んで忌み嫌っていた。
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