今日は、ほとんど資料調査に費やされました。
それも、PDFファイルなのに手書きにして、縦書きの文書。
今回の調査で、伊勢系が少し分かった。
何で伊勢出身で中田姓なのか?
初代・古切支丹の伊勢屋五左衛門、その一人娘の”はる”が中田庄左衛門と結婚しており、男系は代々中田姓を踏襲していたので、伊勢系が中田姓だったそうです。
中田姓は、長崎でも結構ある姓なので、何かつながりがあるのかと、思ってしまう。
この時代、長崎の信徒が義援の米やお金を津軽に送ったらしいのですが、ひょっとしたら、長崎から津軽に届けに行ったまま、長崎に帰らずに津軽に残った人がいるのかなぁ?
それから、小泉系ですね。初代・転切支丹の小泉長兵衛で、宇喜多家旧臣らしいです。こちらは、子孫が多くてよく分からないですね。
あと、南條系です。初代・転切支丹の南條泰庵で、南部家の関係者だったのかな。調査継続要ですね。
さうさう、既出の小泊村の長松系もありました、。甥に当たる人物まで取り締まり対象になっていたようです。
ほとんど、弘前大学が収蔵している論文のコピーなのですが、50~60年ばかり前で手書きの文書は、今となっては古文書に等しい(^^;)
”衛”とか”門”を略字で書いているので、ちょっと面食らいました(@.@)
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